世界の母語話者がいる言語の分布図(2022年、Ethnologue)
言語類型論(言語類型学、Linguistic Typology)は、世界の言語の構造的な類似点と相違点を体系的に研究する言語学の分野である。
言語類型論は比較言語学、記述言語学、理論言語学、社会言語学などと相互に関連し、言語学全体に多大な貢献をしている。主な特徴として:
言語類型地図(Linguistic Typological Atlas)は、言語の構造的特徴の地理的分布を視覚化したもの。
言語の構造特徴と地理的分布の関係性を明らかにし、言語の接触、変化、拡散のパターンを理解する
音韻論、形態論、統語論、意味論などの言語特徴
特定の言語特徴を地図上にプロットし、地域的パターンを特定
言語連合(Sprachbund)の特定、言語変化の経路復元など
言語類型地図は定性的分析と定量的分析を組み合わせた研究手法であり、言語学者が言語の多様性と普遍性を理解するための重要なツールである。
Jules Gilliéron: フランス言語地図 (1902-1910)
Georg Wenker: ドイツ言語地図 (1888-)
日本は方言研究と言語地理学において豊かな伝統を持っている。
日本言語地図のデータベース化プロジェクト。現在はオンラインで検索・閲覧可能。
日本の方言地図研究は、方言の連続性と境界線(等語線)の調査に重点を置き、方言区画論や言語変化の研究に大きく貢献している。
現代では計算言語学的手法を取り入れた方言コーパスの構築と分析も進んでいます。例えば、国立国語研究所の「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」プロジェクトや日本語諸方言コーパス(COJADS)の構築などが挙げられる。
ピジン・クレオール言語76言語の構造的特徴を130項目にわたって収集したデータベース。言語接触研究の重要資料。
2,467言語の文法特徴を収集した比較言語学データベース。特に形態統語論的特徴に焦点。
これらのプロジェクトはオープンアクセス化とデジタル技術の活用により、言語類型論研究の民主化と高度化に貢献している。
言語特徴の地理的・系統的分布を研究するためのデータベース。特に形態統語論的特徴に焦点。
7,000以上の言語・方言の語彙リストを比較し、系統関係を推定するプロジェクト。
名詞クラス(文法性)システムは言語類型論で特に注目される特徴で、その地理的分布には明確なパターンが見られます。
世界の言語の基本語順分布は、言語類型地図の最も顕著な成功例の一つである。
語順型 | 特徴 | 代表的言語 | 地域的分布 |
---|---|---|---|
SOV | 主語-目的語-動詞 | 日本語、トルコ語、ペルシア語 | アジア、オセアニア、南米の一部 |
SVO | 主語-動詞-目的語 | 英語、中国語、スワヒリ語 | ヨーロッパ、アフリカ、東南アジア |
VSO | 動詞-主語-目的語 | アラビア語、アイルランド語、ハワイ語 | 中東、ケルト語圏、ポリネシア、フィリピンなど |
VOS | 動詞-目的語-主語 | マダガスカル語(マラガシ語)、ツォツィル語、セデック語 | マダガスカル、中米、台湾などの一部 |
OVS/OSV | 目的語が先行 | ヒシカリアナ語、ワオラニ語 | アマゾン流域(稀) |
特徴間の相関関係は言語類型論の中心的な研究テーマであり、言語類型地図はこれらの相関を地理的文脈で理解するのに役立つ。
使役交替言語地図(The World Atlas of Transitivity Pairs, WATP)は、世界の言語における形態的関連のある有対動詞を収集した地理類型論的データベースである。
例えば、日本語の自動詞「開く」と他動詞「開ける」のようなペア:
国立国語研究所共同研究プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」(リーダー:プラシャント・パルデシ)によって構築され、約80名の研究者から提供された約95言語のデータを収録している。
使役交替言語地図では、以下の2つの観点から有対動詞の形式的関係を可視化している:
これにより、Haspelmath (1993) の提唱する派生の方向の動機づけに関する類像的な説明を検証することが可能です。
このデータベースは、言語類型論研究、特に動詞の自他交替に関する通言語的研究に重要な貢献をしています。言語間の共通点と差異を明らかにし、普遍的なパターンと言語特有のパターンを特定することができます。
引用情報:国立国語研究所 (2014)『使役交替言語地図』(https://watp.ninjal.ac.jp)
近年では、機械学習やベイズ統計などの計算的手法を用いて、より精緻な分析や欠損データの予測なども行われている。また、インタラクティブな可視化技術により、ウェブ上で動的に地図を操作することも可能になっている。
言語類型地図は、言語の多様性とその背後にある規則性の両方を理解する上で重要なツールであり、人間言語の本質に関する洞察を提供している。
計算言語学的アプローチにより、従来の人手による分析では見えなかった複雑なパターンや相関関係を発見することが可能になっている。
言語類型地図研究は、テクノロジーの発展と学際的アプローチにより、新たな段階に入りつつある。言語の多様性と普遍性の理解を深めるだけでなく、言語の保全や復興にも貢献することが期待されている。